カテゴリ
フランス映画 A à G フランス映画 H à N フランス映画 O à Z アメリカ映画 A to G アメリカ映画 H to N アメリカ映画 O to Z 日本映画 イギリス映画 スペイン映画 ロシア映画 ドイツ映画 イタリア映画 デンマーク映画 香港映画 韓国映画 中国映画 その他の映画 ドラマ ACTEURS DIVERS フォロー中のブログ
お気に入りリンク
タグ
フランス映画(92)
マチュー・アマルリック(20) ギヨーム・カネ(17) ブノワ・マジメル(15) カンヌ映画祭(11) ロマン・デュリス(7) スリラー(7) マッツ・ミケルセン(6) コメディ(5) ヴァンサン・カッセル(5) サスペンス(4) ダニエル・クレイグ(3) ジュリアン・サンズ(2) ライアン・ゴスリング(2) ヒュー・グラント(1) ミスター・ビーン(1) その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
海外にいると、どうしても日本人の活躍が気になっちゃいます。
そういうわけで「ラスト・サムライ」をわざわざ見に行ったりもしたのですが、この映画も同じノリで行ってきました。フランスで公開になったのが今月の1日ですから、日本よりはずいぶん遅れてしまいましたが・・・。 私は原作を読んだのはもう6年前。 前から評判は聞いていたので、日本語翻訳版が出たのを待ちかねて買いました。私にしては珍しくハードカバーへの出費です。 内容はこれがほんとうに翻訳かと思うくらいで、英語でどう書いてあるのか気になって英語版も読んだくらい。 この本を貸した友人は「結局はサユリの自慢話でつまらない」とばっさりでしたが、私は結構好きなのです。これだけいろいろ起こるとマンガのようなノリで読めますし。 それにしてもスピルバーグの映画化の企画はずいぶん前からあったんですね。6年前に買ったこの本の帯にすでに「映画化決定」みたいなことが書いてありました。 さて、物語はいたって波乱万丈。 傾きかけた家に猟師の父親、病気の母親、そして姉と暮らす千代は、ある嵐の夜、父親に会いに来た男に姉とともに家から引き離される。 それから遠く旅してついたのは京都。 ここで今度は姉とも引き離され、一人置屋に残されることになる。 この置屋はお母さんと呼ばれる人が取り仕切っており、そこにいる初桃は超売れっ子芸者。そして千代と同じ立場の同い年の女の子。 千代はそこで家事を手伝いながら、まもなくもう一人の女の子とともに芸者の修練場に通うことになる。このままそこでがんばれば芸者になれるはずだったが・・・。 ある日とうとう女郎屋に売られていた姉を発見。二人で脱走計画を立てるが失敗してしまい、置屋のしきたりを破った千代はすべての道を閉ざされ、一生女中として働かされることになってしまう・・・。 こんな境遇の千代がどうやって「さゆり」という名で舞妓デビューを果たし、売れっ子になっていったか、その波乱万丈の人生を、芸者を志す気持ちになったきっかけを与えた会長さん、その事業パートナー、延さん、そして一流芸者豆葉との出会い、戦争などを交えながら語るというドラマチックな物語。 ・・・なんですが、アメリカ人が書いた原作はわりと淡々と出来事を語っているのに対して、映画はいかにもアメリカ人が見るジャパンって感じが強すぎて、外人が見たい日本、芸者に重きを置きすぎたせいか、原作を読んでない人がどこまでわかったかな?と思いました。 ラストもほんとはえ?そうなの?という展開が待ち構えているのですが、映画を見る限りではあんまり驚きが驚きでなかったような。 冒頭の掛けっぷちに建つ千代の実家のエピソードは全部日本語で、しかも字幕なし。フランス人はこれをどう思ったんでしょうか・・・。フランス語の字幕がなかったということは、たぶんオリジナルの英語版でもここの部分は字幕はなかったのでしょう。ここのセリフはわからないほうが雰囲気がでると思ったのかもしれませんが・・・。 私としてはこれを日本語にするんならいっそのこと全編日本語にするべきだったんじゃないかと思いました。全部日本人キャストにして。 冒頭は日本語だったのに、いきなり英語に切り替わるのもなんとなくヘンでしたし、以降ときどきカタコトで入る日本語がまあ不自然なこと、不自然なこと・・・。 チャン・ツィーの「アリガトゴザイマース」とかちょっとやめてって感じでした。 そのチャン・ツィー、大スターだし、こういう規模の大きい映画にはいいんだろうけれど、やっぱり我々日本人には中国人の顔に見えちゃうんですよね・・・。着物とか似合ってないわけではないんですが。現代の日本人ならまだしも、芸者の役のような特殊な役はやっぱり日本人じゃないとしっくりきませんね・・・。 ただ、この人はもともとダンスをやってた人なので、日舞でもさすがにしなやかできれかったです(これも見る人が見れば全然日舞じゃない!と思われるのかもですが)。 豆葉のミッシェル・ヨーとか初桃のコン・リーは逆にびっくりしました。 結構原作のイメージにぴったりと言うか、原作を読みながら私が持っていた漠然としたイメージより、彼女達の創り上げた人物像の個性の方が強かったと言ったほうがいいかもしれません。 すごかったです。 女性陣の主役が全部外国人に占領されてしまってちょっと残念に思っていましたが、その中で桃井かおりの「お母さん」はさすがに強烈でした。これはまさに原作の「お母さん」が抜け出てきたかのよう。 ただ、置屋に預けられた子供は、故郷から京都まで出てきた際にかかった費用から、普段の食事代、その他自分に掛かる費用をすべて置屋の主に対する借金として背負うこととなるという部分が映画では少しわかりにくかったので、この常にそろばんをはじいている「お母さん」の守銭奴ぶりがイマイチ発揮できてなかったのが残念。 工藤夕貴はおカボちゃん役。あんまりきれいじゃないけど明るくてという原作のキャラクターそのままをうまく演じてました。英語のイントネーションなんか自然だし、聞いていて安心というか。 女性陣に対して男性陣は主役級が日本人でした。 話題のケン・ワタナベは会長さん役。なかなかはまってましたけど、せっかくハリウッドで活躍しているのだからもうちょっと英語の発音を勉強した方がいいかも・・・なんておせっかいにも思ってしまいました。 反対に役所広司は結構英語がうまかったです。 しかも、英語をしゃべりながらも日本語の単語はすべて英語っぽくではなく日本語の発音で話していたのも好感を持ちました。 もともと「ラスト・サムライ」の渡辺謙の役は最初に役所広司にオファーがあったのに、役所の方が断ったとか。この二人がここで共演というのはおもしろいですね。 こちらに来る邦画には、必ずと言っていいほど役所広司、浅野忠信、真田広之の誰かが出ています。ですから、役所広司の顔を見れば、こちらの人も名前はわからなくても顔はちょっとわかるのではと思います。 延の役は、役所広司って聞いたとき、こりゃ全然イメージが違うなと思ったものです。原作では四角い顔の全体的に角張った人を想像していましたので。 けれど、映画ではしっくりくるどころか、ぴったりとまで思えました。うまいんですね、やっぱり。渡辺謙の役がいつも静かに笑ってるタイプで、役所広司の役はどちらかと言うとエネルギッシュ。そのせいもあるでしょうが、役所広司の方が印象に残りました。 まあ、見て気は済んだのでよかったです。 でも家に帰ってからまた原作をちょっとめくってしまいました。 私にとってはほんとに漫画みたいで、部分的に読み返すだけでもちょっとしたリラックス効果があるんですよね。その点、「ガラスの仮面」と通じるところがあります。 原題:"Memoirs of a geisha" 仏題:"Mémoires d'une geisha" 製作年:2004年 監督:Rob Marshall 出演:Zhang Ziyi, Ken Watanabe, Gong Li, Michelle Yeoh おすすめ度:★★★★★☆☆☆☆☆ 今日の日記がお気に召しましたらクリックお願いします→
by nouilles-sautees
| 2006-03-16 19:45
| アメリカ映画 O to Z
|
ファン申請 |
||